2026.3.29説教「レッド・カーペット」

主の受難

「レッド・カーペット」

 

マタイ21章1-11

◆エルサレムに迎えられる

 21:1 一行がエルサレムに近づいて、オリーブ山沿いのベトファゲに来たとき、イエスは二人の弟子を使いに出そうとして、

 21:2 言われた。「向こうの村へ行きなさい。するとすぐ、ろばがつないであり、一緒に子ろばのいるのが見つかる。それをほどいて、わたしのところに引いて来なさい。

 21:3 もし、だれかが何か言ったら、『主がお入り用なのです』と言いなさい。すぐ渡してくれる。」

 21:4 それは、預言者を通して言われていたことが実現するためであった。

 21:5 「シオンの娘に告げよ。『見よ、お前の王がお前のところにおいでになる、/柔和な方で、ろばに乗り、/荷を負うろばの子、子ろばに乗って。』」

 21:6 弟子たちは行って、イエスが命じられたとおりにし、

 21:7 ろばと子ろばを引いて来て、その上に服をかけると、イエスはそれにお乗りになった。

 21:8 大勢の群衆が自分の服を道に敷き、また、ほかの人々は木の枝を切って道に敷いた。

 21:9 そして群衆は、イエスの前を行く者も後に従う者も叫んだ。「ダビデの子にホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように。いと高きところにホサナ。」

 21:10 イエスがエルサレムに入られると、都中の者が、「いったい、これはどういう人だ」と言って騒いだ。

 21:11 そこで群衆は、「この方は、ガリラヤのナザレから出た預言者イエスだ」と言った。


「私たちの神と主イエスキリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。」

 

復活祭を次週に控え、受難の主日を迎えました。

本日のマタイによる福音書21章1-11節は、イエスの「エルサレム入城」の場面です。

「入城」と言いましても、高校野球の甲子園入場とは字が違います。

城に入ると書く、エルサレム入城と言われます。

イエスがエルサレムの都に入城されてから十字架による受難と死を経て、埋葬から復活に至るまでの期間は1週間とされています。

このようなイエスの受難を偲ぶ1週間が始まります。

1節を見ますと、

《一行がエルサレムに近づいて、オリーブ山沿いのベトファゲに来たとき》

と始まります。

 オリーブ山とは、エルサレム市街地の東側、谷を挟んで向かい合っている小高い丘で、オリーブの木々が群生する小さな山です。

よく「岩のドーム」と呼ばれる神殿を中央にしたエルサレム市街地の写真を見かけますが、その写真が撮影される場所がオリーブ山です。

 エルサレム旅行の際には、樹齢800年とも言われる太いオリーブの木を見学しました。

 2節から始まる話題は「ろば」です。

 ヨハネ福音書を除けば、他の3つの福音書においては初めてのエルサレム入城あたって、わざわざイエスがお乗りになる動物が、なぜ、このようなとぼけた「ろば」なのでありましょうか。

 イエスは弟子たちに、村へ行くと「ろば」がつないであるから、それを引いてきなさい」とおっしゃいます。

 3節で、

《もし、だれかが何か言ったら、『主がお入り用なのです』と言いなさい。すぐ渡してくれる。》

とあります。

「すぐ渡してくれる」とは、村人が「主の御用を知っている」ということでありましょう。

 4節、

《それは、預言者を通して言われていたことが実現するためであった。》

と説明されているように、それは誰もが知っている、昔からの言い伝えでありました。

 その言い伝えとは、5節の、

《シオンの娘に告げよ。『見よ、お前の王がお前のところにおいでになる、/柔和な方で、ろばに乗り、/荷を負うろばの子、子ろばに乗って。』》

です。

 この預言の言葉の出典は、旧約聖書のゼカリヤ書9章9節(P1489)です。

 ゼカリヤ書本文には次のように記されています。

《娘シオンよ、大いに踊れ。娘エルサレムよ、歓呼の声をあげよ。見よ、あなたの王が来る。彼は神に従い、勝利を与えられた者/高ぶることなく、ろばに乗って来る/雌ろばの子であるろばに乗って。》

 預言者ゼカリヤは、紀元前600年にイスラエル全土が滅び、敵地バビロンにて40-50年の捕虜生活ののち、紀元前550年にペルシアによって解放され、紀元前500年に故国イスラエルの再建にあたって神殿の復興を果たした時代の預言者です。

 その時、ゼカリヤは復興したユダヤの人々に向かって、「あなたの王が、ろばに乗って来る」との希望を告げたのでした。

 それから500年、村人たちは伝えられて来た預言の言葉を忘れてはおらず、主の御用の時が来たことを告げられ、「すぐ」ろばを手渡したのです。

それは「主の御用」のためでした。

 このことは、イエスが弟子たちと最初に出会った時の場面を思い起こさせます。

 例えば、マタイ4章18節を見ますと、

《イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、二人の兄弟、ペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレが、湖で網を打っているのを御覧になった。彼らは漁師だった。イエスは、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。二人はすぐに網を捨てて従った。》

とあるように、彼らもまた主の御用を知り、すぐに従い得たのでありましょう。

 イエスのエルサレム入城にあたって、2つのことが印象的でした。

 1つは、預言者の言葉通りということであり、

 2つ目は、そのお言葉通り、弟子たちが従った・やってみたということです。

 神の言葉あっての、信じ、従うということであるでしょうし、従う者あってこその、言葉が語られる意義でありましょう。

そのようなわけで、王はろばに乗って来るのです。

そして、ろばは、柔和と謙遜の象徴でありました。

 さて、6節からは次の場面に移ります。

《弟子たちは行って、イエスが命じられたとおりにし、ろばと子ろばを引いて来て、その上に服をかけると、イエスはそれにお乗りになった。大勢の群衆が自分の服を道に敷き、また、ほかの人々は木の枝を切って道に敷いた。》

とあります。

 大勢の群衆が道に敷いたという、この「服」とは、上着のことでありましょう。

王の入城を迎える者たちが裸でいるわけにもいきません。

 この大勢に対し、少数派の人々は「ほかの人々」と記されており、彼らは「上着」を持っていないがゆえに、木の枝を切って道に敷いたとあります。

ここに、少数派の貧しさと、貧しいけれども精一杯お迎えしようとする誠意と行動が記録されています。

 受難主日が、枝の主日、棕櫚の主日と呼ばれる由来です。

 エルサレム入城のエピソードは、4つの福音書すべてが記録している出来事です。

多数派のみならず、少数派の人々の姿をも記録する福音書記者たちの興味深い視点でありますが、聖書の権威ある注解書においては、上着を持たない人々に関して何も取り上げてはいないことが不思議です。

 

 かつて、この「上着」についての説教を致しました。

 イスラエルあるいは、のちのユダヤの文化・慣習において、

「上着」は特別の意味を持っています。

 例えば、紀元前1500頃と考えられる出エジプト記の時代には、次のように書かれています。

出エジプト記22章25節、

《もし、隣人の上着を質にとる場合には、日没までに返さねばならない。なぜなら、それは彼の唯一の衣服、肌を覆う着物だからである。彼は何にくるまって寝ることができるだろうか。もし、彼がわたしに向かって叫ぶならば、わたしは聞く。わたしは憐れみ深いからである。》

と、人の面目を保つ象徴として「上着」は尊ばれていました。

 そのような上着が道に敷かれたのです。

 人々のイエスへの敬意が差し出されていると言えましょう。

こうして、群衆でひしめき合っていたであろうエルサレムの門前に、見事な上着の道が整えられたのです。

 上着を道に敷くということは、他の者たちが上着を踏むことはなく、ただ王のみが、その道を通るのです。

上着を敷くということは、自分自身が退き、道を開けるということです。

信仰とは、そのようなものでありましょう。

 

「ホサナ」という声、人々の言葉があります。

9節、

《そして群衆は、イエスの前を行く者も後に従う者も叫んだ。「ダビデの子にホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように。いと高きところにホサナ。」》

とあります。

「ホサナ」とは、もちろん、ユダヤ人の言語であるヘブライ語からきています。

 そもそもの出典と思われる箇所は、

詩編118編25節、

《どうか主よ、わたしたちに救いを。どうか主よ、わたしたちに栄えを。祝福あれ、主の御名によって来る人に。》

とありますが、この「どうか主よ、わたしたちに救いを」という部分が、「ホサナ」と訳されるところです。

 このように、本来は「今、救ってください」という神に助けを求める言葉でしたが、ヘブライ語がギリシア語に翻訳され、キリスト教で用いられることを通して、元の意味は薄れ、神を称える合言葉としてリメイクされ、新しい使い方がされています。

 特にルカ福音書のエルサレム入城の記述では、

19章38節、

《「主の名によって来られる方、王に、/祝福があるように。天には平和、/いと高きところには栄光。」》

とされているように、ホサナが祝福や栄光と同義に扱われているように思われます。

 話の最後に、ルカ福音書を参照した流れで、ルカだけが伝えるオリーブ山でのエピソードを紹介します。

 イエスと出会い、呼びかけられて弟子となった12人の弟子たちでありましたが、彼らのイエスと出会った喜びが、どの福音書においてもほとんど書かれていません。

 これも福音書の不思議の1つです。

 しかし、ルカの伝えるオリーブ山での出来事には、弟子たちの喜ぶ姿も描かれています。

19章36節以下、

《イエスが進んで行かれると、人々は自分の服を道に敷いた。イエスがオリーブ山の下り坂にさしかかられたとき、弟子の群れはこぞって、自分の見たあらゆる奇跡のことで喜び、声高らかに神を賛美し始めた。「主の名によって来られる方、王に、/祝福があるように。天には平和、/いと高きところには栄光。」すると、ファリサイ派のある人々が、群衆の中からイエスに向かって、「先生、お弟子たちを叱ってください」と言った。イエスはお答えになった。「言っておくが、もしこの人たちが黙れば、石が叫びだす。」エルサレムに近づき、都が見えたとき、イエスはその都のために泣いて、言われた。「もしこの日に、お前も平和への道をわきまえていたなら……。しかし今は、それがお前には見えない。やがて時が来て、敵が周りに堡塁を築き、お前を取り巻いて四方から攻め寄せ、お前とそこにいるお前の子らを地にたたきつけ、お前の中の石を残らず崩してしまうだろう。それは、神の訪れてくださる時をわきまえなかったからである。」》

と続きます。

 都を見て喜ぶ弟子たち、しかし、これから起こる1週間の出来事を彼らは知らない。

他方、都を前にして涙するイエス。これから起こるであろう出来事を、主は知っておられます。

 弟子たちの喜び、イエスのエルサレム入城を喜ぶ人々の群れ。この喜びの大きさが、より十字架による闇を深くしています。

 そして、すでにすべてを知らされている私たちにとって、主の受難とは何でありましょうか。

 さきほどのルカが記していたイエスの涙のわけは、「お前も平和への道をわきまえていたら。神の訪れてくださる時をわきまえていたら。」というものでありました。

 私たちの「知らされた受難」とは、わきまえる時であるといえましょう。

 

「望みの神が、信仰からくるあらゆる喜びと平安とをあなたがたに満たし、聖霊の力によって、あなたがたを望みに溢れさせてくださいます。」