2026.10.04説教「前向き」
聖霊降臨後第19主日
「前向き」
フィリピ3章4-14
3:4 とはいえ、肉にも頼ろうと思えば、わたしは頼れなくはない。だれかほかに、肉に頼れると思う人がいるなら、わたしはなおさらのことです。
3:5 わたしは生まれて八日目に割礼を受け、イスラエルの民に属し、ベニヤミン族の出身で、ヘブライ人の中のヘブライ人です。律法に関してはファリサイ派の一員、
3:6 熱心さの点では教会の迫害者、律法の義については非のうちどころのない者でした。
3:7 しかし、わたしにとって有利であったこれらのことを、キリストのゆえに損失と見なすようになったのです。
3:8 そればかりか、わたしの主キリスト・イエスを知ることのあまりのすばらしさに、今では他の一切を損失とみています。キリストのゆえに、わたしはすべてを失いましたが、それらを塵あくたと見なしています。キリストを得、
3:9 キリストの内にいる者と認められるためです。わたしには、律法から生じる自分の義ではなく、キリストへの信仰による義、信仰に基づいて神から与えられる義があります。
3:10 わたしは、キリストとその復活の力とを知り、その苦しみにあずかって、その死の姿にあやかりながら、
3:11 何とかして死者の中からの復活に達したいのです。
3:12 わたしは、既にそれを得たというわけではなく、既に完全な者となっているわけでもありません。何とかして捕らえようと努めているのです。自分がキリスト・イエスに捕らえられているからです。
3:13 兄弟たち、わたし自身は既に捕らえたとは思っていません。なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、
3:14 神がキリスト・イエスによって上へ召して、お与えになる賞を得るために、目標を目指してひたすら走ることです。
「私たちの神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。」
本日は、フィリピの信徒への手紙から伝道者パウロの信仰について聴いてまいりましょう。
本日、注目します御言葉は、3章13-14節、
《兄弟たち、わたし自身は既に捕らえたとは思っていません。なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、神がキリスト・イエスによって上へ召して、お与えになる賞を得るために、目標を目指してひたすら走ることです。》
であります。
この御言葉の特徴は、パウロが前のものに向かって前傾姿勢で目指すところを語っているという点です。
前向きな人、前向きの人、いずれにしても勢いづいたパウロの姿が思い起こされる言葉です。
前向きであるということだけなら、取り立てて注目する必要はないかもしれません。
しかし、このパウロの超・前向きな言葉は、獄中で書かれたという点で、読む者、聴く者を驚かせます。
第二次大戦中に、ナチスへの抵抗運動で刑に服したディートリッヒ・ボンヘッファーというルーテル教会の牧師であり神学者がいました。
彼の投獄中、婚約者マリーアとの2年間にわたる98通の手紙が残されています。
その中で、マリーアはボンヘッファーの状況を思い、彼女の自室に彼が投獄されている部屋の大きさに線を引き、気持ちを寄り添わせたと言います。
しかし、結婚することなく、ボンヘッファーの刑は執行されました。ナチス体制崩壊の3週間前のことでありました。
パウロが監禁されていた獄中の様子は定かではありませんが、キリストを伝えることが禁じられていたわけではありませんでした。
フィリピの信徒への手紙は、ローマの獄中で書かれたと考えられています。その根拠として、結びの言葉が取り上げられます。
4章22節、
《すべての聖なる者たちから、特に皇帝の家の人たちからよろしくとのことです。》
とあるように、パウロの獄中生活を通して感化を受け、キリストを信じるようになった「皇帝の家の人々」について記録されているからです。
パウロは、この獄中において、フィリピの信徒への手紙のみならず、エフェソ書も書いています。
その他、テモテ書やテトス書も書いたのではないかとも言われています。
ローマで獄中にありながら、精力的な執筆活動をしていることや、パウロの助け手たちがフィリピの教会と行き来する様子も記されていることから、監禁という様子ではなく、人々が心遣いを持って面会できる状態であったことがうかがえます。
投獄そして獄中にあるということについて、パウロには後ろめたさも悲しみも後悔もありませんでした。
苦難を歓びに代える術を持っていたのです。
1章12節以下で、次のように述べています。
《兄弟たち、わたしの身に起こったことが、かえって福音の前進に役立ったと知ってほしい。つまり、わたしが監禁されているのはキリストのためであると、兵営全体、その他のすべての人々に知れ渡り、主に結ばれた兄弟たちの中で多くの者が、わたしの捕らわれているのを見て確信を得、恐れることなくますます勇敢に、御言葉を語るようになったのです。》
パウロは、キリストのために監禁されることが、人々のキリストへの確信となり、福音の前進となったことを喜んでいます。
本日の日課には、「信仰による義」という、マルチン・ルターの宗教改革運動につながる重要な御言葉も含まれています。
ルターによる宗教改革日は、10月31日でした。
本日の御言葉から「信仰による義」について、少し学んでおきましょう。
3章9節、
《わたしには、律法から生じる自分の義ではなく、キリストへの信仰による義、信仰に基づいて神から与えられる義があります。》
とパウロは語ります。
ルターは、パウロの言葉に触発されて、「信仰義認」という宗教改革すべき確信を得ました。
「信仰義認」とは、信仰によって神に義すなわち正しいと認められることですが、義認はあくまでも神からの無条件かつ無償の贈り物ですから、それゆえ信仰と恩恵とは同じこととして重なり合うものです。
また、キリスト教信仰は、キリストの死と復活をいただき、あやかる中で与えられるものですから、これこそ神の恵みというものです。
義とは、神から来るものであって、私たちの信仰から出るとは決して聖書には書かれていないのです。
義は、キリストの十字架なしには起こり得ず、その死と復活の中に身を置くことで与えられるのです。
「信仰義認」の対極にあるのが、ユダヤ教における「律法の義」でありましょう。まず、これについて、パウロは述べています。
5節、
《わたしは生まれて八日目に割礼を受け、イスラエルの民に属し、ベニヤミン族の出身で、ヘブライ人の中のヘブライ人です。律法に関してはファリサイ派の一員、熱心さの点では教会の迫害者、律法の義については非のうちどころのない者でした。》
パウロは、タルソス(トルコ南東部)出身で両親ともユダヤ人であり、エルサレムで律法を学んだユダヤ教のエリートでした。自他共に認めるファリサイ派を誇れる者でありました。
にもかかわらず、パウロはキリスト教への改心を経て、それらをすべて捨てたのです。
7節、
《しかし、わたしにとって有利であったこれらのことを、キリストのゆえに損失と見なすようになったのです。そればかりか、わたしの主キリスト・イエスを知ることのあまりのすばらしさに、今では他の一切を損失とみています。キリストのゆえに、わたしはすべてを失いましたが、それらを塵あくたと見なしています。キリストを得、キリストの内にいる者と認められるためです。》
と、パウロ自身の人生の方向転換を語ります。
「律法の義」という自分の努力により、これから起こり得る罪を回避することはできるかもしれません。
しかしながら、ファリサイ派が考える罪の回避とは、人との関わりを避けるという方法でしたから、それそのものが、これまでの隣人愛のなさとして罪に値することであると、イエス様が指摘しておられる通りです。
そこで、本日注目する御言葉に至ります。
《なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、神がキリスト・イエスによって上へ召して、お与えになる賞を得るために、目標を目指してひたすら走ることです。》
パウロの持つイメージは、自負心や過去のプライドを捨て、キリストの死と復活にあずかることでありました。
パウロは、前向きであるがゆえに、囚われの身となりました。そして、獄中という垣根は、パウロの前向きであることとキリストにある自由を奪うどころか、かえって福音を前進することとなりました。
私たちは、前向きでありましょうか?
私たちの前をふさぐものはあるでしょうか?
私たちは様々な「限り」を感じています。それは、年齢であり、健康であり、財力でもありましょう。
気持ちの限界、忍耐の限界、人間関係、仕事の行き詰まり、失望、迷い、目的の無さであるかもしれません。
パウロのギリシャやローマの敵対者たちは、イエスは十字架で終わったと吹聴しました。
しかし、パウロの新しい人生はキリストの十字架から始まったのです。
パウロにとっては、キリストの復活こそ、この世界に対して、人間に対して、新しい事態を起こした一つの力ある現実でありました。
キリストの苦難と死は、いつまでもそのままであるのではなく、通り抜けるべき門であり、死ぬことにより復活の命へと続くものなのです。
パウロには、キリストを通って神に至るところの目標があり、人生の方向が示されていました。
キリストの死と復活というなにがしかを知らされた者は、キリストの限りない命にあずかる者であり、キリストに知られる者となることが、パウロの目指すところであり、人生の方向でありましょう。
「望みの神が、信仰からくるあらゆる喜びと平安とをあなたがたに満たし、聖霊の力によって、あなたがたを望みに溢れさせてくださいます」
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