2026.01.25説教「あなたはどなた」
パウロの回心
「あなたはどなた」
使徒言行録9章1-22
◆サウロの回心
9:1 さて、サウロはなおも主の弟子たちを脅迫し、殺そうと意気込んで、大祭司のところへ行き、
9:2 ダマスコの諸会堂あての手紙を求めた。それは、この道に従う者を見つけ出したら、男女を問わず縛り上げ、エルサレムに連行するためであった。
9:3 ところが、サウロが旅をしてダマスコに近づいたとき、突然、天からの光が彼の周りを照らした。
9:4 サウロは地に倒れ、「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」と呼びかける声を聞いた。
9:5 「主よ、あなたはどなたですか」と言うと、答えがあった。「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。
9:6 起きて町に入れ。そうすれば、あなたのなすべきことが知らされる。」
9:7 同行していた人たちは、声は聞こえても、だれの姿も見えないので、ものも言えず立っていた。
9:8 サウロは地面から起き上がって、目を開けたが、何も見えなかった。人々は彼の手を引いてダマスコに連れて行った。
9:9 サウロは三日間、目が見えず、食べも飲みもしなかった。
9:10 ところで、ダマスコにアナニアという弟子がいた。幻の中で主が、「アナニア」と呼びかけると、アナニアは、「主よ、ここにおります」と言った。
9:11 すると、主は言われた。「立って、『直線通り』と呼ばれる通りへ行き、ユダの家にいるサウロという名の、タルソス出身の者を訪ねよ。今、彼は祈っている。
9:12 アナニアという人が入って来て自分の上に手を置き、元どおり目が見えるようにしてくれるのを、幻で見たのだ。」
9:13 しかし、アナニアは答えた。「主よ、わたしは、その人がエルサレムで、あなたの聖なる者たちに対してどんな悪事を働いたか、大勢の人から聞きました。
9:14 ここでも、御名を呼び求める人をすべて捕らえるため、祭司長たちから権限を受けています。」
9:15 すると、主は言われた。「行け。あの者は、異邦人や王たち、またイスラエルの子らにわたしの名を伝えるために、わたしが選んだ器である。
9:16 わたしの名のためにどんなに苦しまなくてはならないかを、わたしは彼に示そう。」
9:17 そこで、アナニアは出かけて行ってユダの家に入り、サウロの上に手を置いて言った。「兄弟サウル、あなたがここへ来る途中に現れてくださった主イエスは、あなたが元どおり目が見えるようになり、また、聖霊で満たされるようにと、わたしをお遣わしになったのです。」
9:18 すると、たちまち目からうろこのようなものが落ち、サウロは元どおり見えるようになった。そこで、身を起こして洗礼を受け、
9:19 食事をして元気を取り戻した。
◆サウロ、ダマスコで福音を告げ知らせる
9:19 サウロは数日の間、ダマスコの弟子たちと一緒にいて、
9:20 すぐあちこちの会堂で、「この人こそ神の子である」と、イエスのことを宣べ伝えた。
9:21 これを聞いた人々は皆、非常に驚いて言った。「あれは、エルサレムでこの名を呼び求める者たちを滅ぼしていた男ではないか。また、ここへやって来たのも、彼らを縛り上げ、祭司長たちのところへ連行するためではなかったか。」
9:22 しかし、サウロはますます力を得て、イエスがメシアであることを論証し、ダマスコに住んでいるユダヤ人をうろたえさせた。
「私たちの神と主イエスキリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。」
本日は使徒言行録9章を手掛かりとして、キリスト教をローマに伝えることとなる伝道者・パウロの出発点である回心(悔い改め)について聴いてまいります。
使徒言行録は、福音書記者ルカによるものであり、第1巻のルカ福音書でイエスの生涯を描き、第2巻である使徒言行録を通して、イエスの弟子たち、その後の使徒たちの活動について記録されたものです。
28章に及ぶ記録ですので、通して読む機会は少ないのではないでしょうか。
弟子と言うと、イエスの直弟子の印象が強いのですが、密かな弟子、多くの弟子についても述べられています。
使徒という呼び方は、イエスの12弟子の枠を超えて、その時々の使命によって、半数は弟子、後の半数は特化して選ばれた者たちで構成されるチームを指すようです。
また、12弟子たちがイエスと寝食を共にしたことに比して、パウロ自身は、肉なるイエスとの触れ合いを否定し、断固たる態度で復活のキリストと出会った者であると証言します。
回心とは、新約聖書の原語でメタノイアと言いますが、個人的な出来事に留まらず、神と自分、隣人と自分の関係を改めることですから、愛する者とされるための回心であるのがふさわしいことです。
さて、パウロと言う人物は、今で言うトルコの南部・地中海に近い街・タルソス出身であり、幼少の頃よりエルサレムに留学して律法を学んだ者です。
ゆえに、ユダヤ教徒のエリートであり、最終的にはユダヤ当局からキリスト教迫害に対するお墨付きを預かる者となっていました。
そのようなパウロでしたから、使徒言行録における回心の記録には大変興味深いものがあります。
本日読んでおります9章は、実は第1回目の回心の告白であり、これに続き、22章には2回目の告白、26章では3回目の告白が記録されています。
復活のキリストとの出会いにより起こされたパウロの回心ですが、そこから始まる3回の伝道旅行とその後のローマへと裁判のために護送されるまでの期間は20年以上に及ぶと考えられます。
おおよそ西暦40年頃から60年頃までの20年間です。
20歳の青年が40歳代の壮年となる期間ですから、活動においても信仰においても当然のことながら深められてまいります。
その信仰の変遷を、これら3回の告白を通して読み取ることができるのです。
まず9章4節を見ますと、サウロと言う名前が出てきます。これは回心前のパウロのギリシャ語名です。
次にサウルと言う呼びかけがありますが、サウルはサウロのヘブライ語名です。
回心の出来事は、こうです。
初めに、主よりの呼び声を聴きます。
この声を聴き、パウロは、「主よ、あなたはどなたですか」と尋ねています。
すると「わたしはあなたが迫害しているイエスである」と。
ところが、この出来事を通してサウロは失明し、3日の後に、主によって弟子(クリスチャン)であるアナニアが遣わされ、サウロの目は癒されることになります。
このパウロの体験について、18節で「目からうろこ」と表現されています。
また、そもそも「クリスチャン」という呼び名は、使徒言行録12章26節で共同訳では「キリスト者」として紹介されています。
キリスト者であるアナニアは、9章10節では、主の呼び掛けに対し、「主よ、ここにおります」と信仰者として見本のような答えをしていることは心に留まります。
次に、22章6節を見ますと、ここも、9章同様、主との対話で始まります。
1回目と同じ問いである8節の「主よ、あなたはどなたですか」に続いて、ここではパウロが第2の問いを発しています。
10節、「主よ、どうしたらよいでしょうか」
そうです、神を知らされた者は、何をなすべきかを問うものです。
そして、アナニアとの出会いに移ります。
16節を見ると、アナニアから悔い改めへの明確な勧めが加えられています。
「今、何をためらっているのです。立ち上がりなさい。その方の名を唱え、洗礼を受けて罪を洗い清めなさい。」と。
そして、26章12節にある3回目の告白へと進みます。
ここも同じく、15節「主よ、あなたはどなたですか」との問いから語り始めます。
しかし、最早、「主よ、どうしたらよいでしょうか」とは問うていません。
代わって、16節「あなたを奉仕者、また証人にするためである」との主の言葉が記されます。
また、「わたしは、あなたをこの民と異邦人の中から救い出し、彼らのもとに遣わす」との派遣の言葉が述べられています。
このパウロによる3度の回心の告白から、キリスト者としての信仰の成長、あるいは信仰の深まり、また信仰者としての使命への気づきを学ぶことが出来ます。
まずは、主を知ること。
次に、使命を知ること。
そして、派遣されること。
パウロは自分に呼びかける主を知り、呼びかけられている使命について、暗中模索、試行錯誤を繰り返しながら体得して行きました。
しかし、知れば知るほど、実は、キリストに知られていたこと、働きに召し出されたこと、送り出してくださったことに気づかされて行くのです。
そして、これらの困難の先に、すでにそこにおられたキリストと遭遇することになるのです。
伝道とは、主を知らない人に伝えるためであることに留まらず、すでにそこにおられたキリストに出会いに出かけて行くことであるのです。
「望みの神が、信仰からくるあらゆる喜びと平安とをあなたがたに満たし、聖霊の力によって、あなたがたを望みに溢れさせてくださいます。」
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