2026.06.14説教「天の国は近づいた」
聖霊降臨後第3主日
「天の国は近づいた」
マタイ9章35~10章23
9:35 イエスは町や村を残らず回って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、ありとあらゆる病気や患いをいやされた。
9:36 また、群衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた。
9:37 そこで、弟子たちに言われた。「収穫は多いが、働き手が少ない。
9:38 だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい。」
10:1 イエスは十二人の弟子を呼び寄せ、汚れた霊に対する権能をお授けになった。汚れた霊を追い出し、あらゆる病気や患いをいやすためであった。
10:2 十二使徒の名は次のとおりである。まずペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレ、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネ、
10:3 フィリポとバルトロマイ、トマスと徴税人のマタイ、アルファイの子ヤコブとタダイ、
10:4 熱心党のシモン、それにイエスを裏切ったイスカリオテのユダである。
10:5 イエスはこの十二人を派遣するにあたり、次のように命じられた。「異邦人の道に行ってはならない。また、サマリア人の町に入ってはならない。
10:6 むしろ、イスラエルの家の失われた羊のところへ行きなさい。
10:7 行って、『天の国は近づいた』と宣べ伝えなさい。
10:8 病人をいやし、死者を生き返らせ、重い皮膚病を患っている人を清くし、悪霊を追い払いなさい。ただで受けたのだから、ただで与えなさい。
10:9 帯の中に金貨も銀貨も銅貨も入れて行ってはならない。
10:10 旅には袋も二枚の下着も、履物も杖も持って行ってはならない。働く者が食べ物を受けるのは当然である。
10:11 町や村に入ったら、そこで、ふさわしい人はだれかをよく調べ、旅立つときまで、その人のもとにとどまりなさい。
10:12 その家に入ったら、『平和があるように』と挨拶しなさい。
10:13 家の人々がそれを受けるにふさわしければ、あなたがたの願う平和は彼らに与えられる。もし、ふさわしくなければ、その平和はあなたがたに返ってくる。
10:14 あなたがたを迎え入れもせず、あなたがたの言葉に耳を傾けようともしない者がいたら、その家や町を出て行くとき、足の埃を払い落としなさい。
10:15 はっきり言っておく。裁きの日には、この町よりもソドムやゴモラの地の方が軽い罰で済む。」
10:16 「わたしはあなたがたを遣わす。それは、狼の群れに羊を送り込むようなものだ。だから、蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい。
10:17 人々を警戒しなさい。あなたがたは地方法院に引き渡され、会堂で鞭打たれるからである。
10:18 また、わたしのために総督や王の前に引き出されて、彼らや異邦人に証しをすることになる。
10:19 引き渡されたときは、何をどう言おうかと心配してはならない。そのときには、言うべきことは教えられる。
10:20 実は、話すのはあなたがたではなく、あなたがたの中で語ってくださる、父の霊である。
10:21 兄弟は兄弟を、父は子を死に追いやり、子は親に反抗して殺すだろう。
10:22 また、わたしの名のために、あなたがたはすべての人に憎まれる。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。
10:23 一つの町で迫害されたときは、他の町へ逃げて行きなさい。はっきり言っておく。あなたがたがイスラエルの町を回り終わらないうちに、人の子は来る。
「私たちの神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。」
本日の福音は、マタイによる福音書からの御言葉です。
初めにあえて「マタイ」と確かめましたのは、最初に書かれた福音書は「マルコ」であるからです。
紀元70年頃に公にされました。
それから遅れること10年、マタイ福音書とルカ福音書が書かれたのでした。
これが何を意味しているのかと申しますと、マルコの伝えた基本的な福音・原福音とでも申しましょうか、それに対して10年の初代教会の歴史と信仰の厚みが加えられているということです。
キリスト教の初めにおける10年というものは、現代の100年に匹敵するほどの大きな変化と拡がりを見せるものであります。
現に、西暦30年代後半から60年代初めに至るパウロの伝道旅行を伝える、ルカ福音書の第2巻としての使徒言行録の中で、パウロの信仰が大きく豊かに変えられて行く様を読者は知ることができるからです。
本日の福音書の日課には、非常に多くの信仰のテーマ、伝道の指針が含まれています。
これをつぶさに拾いますなら、一日かかっても語り切れないことでしょう。
先週も弟子に関わるお話でしたが、今週も少し触れつつ、その先の派遣を見てまいりましょう。
まず最初の福音書であるマルコ3章16節の弟子のリストでは、
「こうして十二人を任命された。シモンにはペトロという名を付けられた。ゼベダイの子ヤコブとヤコブの兄弟ヨハネ、この二人にはボアネルゲス、すなわち、「雷の子ら」という名を付けられた。アンデレ、フィリポ、バルトロマイ、マタイ、トマス、アルファイの子ヤコブ、タダイ、熱心党のシモン、それに、イスカリオテのユダ。このユダがイエスを裏切ったのである」
となっています。
ここで不思議なのが、マルコは2章で5人目の弟子は徴税人のレビと特記していたのですが、3章の弟子のリストにレビの名前はありません。
次にルカは、マルコの弟子のリストを踏襲し、
ルカ6章14節で、
「シモン、その兄弟アンデレ、そして、ヤコブ、ヨハネ、フィリポ、バルトロマイ、マタイ、トマス、アルファイの子ヤコブ、熱心党と呼ばれたシモン、ヤコブの子ユダ、それに後に裏切り者となったイスカリオテのユダである」
とし、ルカもマルコ同様、ルカ5章27節で徴税人レビが弟子とされるエピソードを引用しつつも、リストに名前はありません。
同じルカでも、使徒言行録1章13節のリストでは、タダイとヤコブの子ユダの名が入れ替わっていたりもします。
そこで本日のマタイでありますが、
10章2節で、
「まずペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレ、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネ、フィリポとバルトロマイ、トマスと徴税人のマタイ、アルファイの子ヤコブとタダイ、熱心党のシモン、それにイエスを裏切ったイスカリオテのユダである」
とし、弟子の「マタイ」は徴税人であったと付記し、9章9節ではそのエピソードを紹介していますが、これはマルコ2章の徴税人レビが弟子とされるエピソードと名前以外は全く同じです。
弟子の名前など気にならない方々も多いことでしょう。
しかし、本日読んでおります福音書を書いたマタイという人は、イエスが徴税人を弟子とされたことを重要に思い、伝承の徴税人の名前をレビからマタイに変えてまでも12人の弟子のリストに名前を記したのでした。
何よりも、イエスが弟子を召されるという、これら3つの福音書共通の記録は、初めの4人は漁師であり、5人目は徴税人であった、ということです。
そして、6人目以降の弟子の召命物語は紹介されてはいません。
つまり、5人目の弟子は徴税人であった、ということが重要であり、それを伝えるために弟子の召命物語が書かれたと言っても過言ではないでしょう。
徴税人のマタイ、それに熱心党のシモン。
この熱心党という集団は、西暦70年にローマ軍によってエルサレム神殿が破壊された際、その後3年間にもわたって抵抗し続けた人たちでありました。
現代でいうところの、原理主義の過激派と言えるでしょう。
これら徴税人や熱心党は民衆から敬遠される存在でありましたが、その彼らをイエスは弟子とされたという意味を、後世の者たちは考えさせられるのです。
他方、マルコに遅れること30年以上であるヨハネ福音書は、イエスの弟子が誰であったかなど、まるで関心がないかのように、イエスの弟子を12人としながらも弟子のリストはありません。
しかも、ナタナエルなど、前述の3福音書にはない弟子の名前を紹介します。
ヨハネの弟子にまつわる記録をたどりますと、アンデレ、シモン・ペトロ、フィリポ、ナタナエル、トマス、イスカリオテのユダ、大祭司の知り合いである弟子、イエスの愛した弟子と言われるヨハネ、そしてアリマタヤのヨセフを加えても9人の弟子しか数えられてはいないのが、ヨハネの伝えるところです。
さて、マタイが伝える弟子たちの派遣でありますが、
10章9節、
「帯の中に金貨も銀貨も銅貨も入れて行ってはならない。旅には袋も二枚の下着も、履物も杖も持って行ってはならない」
という厳しい条件が書かれています。
初めのマルコは、どう示したかを確かめますと、
マルコ6章8節、
「旅には杖一本のほか何も持たず、パンも、袋も、また帯の中に金も持たず、ただ履物は履くように、そして『下着は二枚着てはならない』と命じられた」
となっています。
マタイとマルコの違いは「杖と履物」です。
ちなみにルカ9章3節では、
「旅には何も持って行ってはならない。杖も袋もパンも金も持ってはならない。下着も二枚は持ってはならない」
と、マルコよりは厳しくも、しかし、マタイが禁じた履物には言及しておらず、「村から村へと巡り歩いた」と伝えています。
これらの記述から、マルコ福音書が出された時期からマタイ福音書が出された時期にかけて、ほんの10年間という違いではありますが、教会の伝道のスタイルが変わりつつあることが察せられます。
初めて世にキリストの福音が見える形・福音書として読める形で示されたマルコの時期、伝道は福音を伝えに出かけることであり、旅をするためには「杖と履物」が必要とされました。
荒れ地を巡るための履物・実際は皮のサンダルであったことでしょう。
そして、杖。
これは疲れるからではなく、野獣から身を護る道具でもあったと思われます。
それがマタイになると「履物も杖」も持ってはならないことになるのは、長旅や野宿が第一には考えられておらず、むしろ、
10章11節、
「その人のもとにとどまりなさい」
という働きが主流となってきていたように思われます。
それはエルサレム教会のクリスチャン人口が急激に増え、各地の「家の教会」も充実し、新規の伝道以上に、すでにキリスト者となった者への牧会・日常の世話の割合が多くなっていたからであろうと考えます。
このことは、使徒言行録での弟子たちの役割分担が行われていく様子からうかがうことができます。
出かける伝道であろうと、留まる伝道であろうと、そこで行われていたことは何であったのでしょうか。
まず、10章7節、
「行って、『天の国は近づいた』と宣べ伝えなさい」
とあります。
これは、イエスご自身にとっても伝道する者としての第一声でありました。
これこそ福音!喜びの知らせ・訪れです。
それまでの宗教は、天国への入り方を示唆するものであったでしょう。
現代でさえ多くの宗教は、そのような印象があります。
しかし、キリストの福音は、天すなわち神自らがあなたたちの所へ来られるという、誰も聴いたことがない画期的、革新的な告知でした。
そして、イエスの誕生によって、イエスと共に、神の国は来たのだと伝えられました。
そして、10章8節「病人の癒し」、10章12節「神との平和の祝福」と続きます。
今、教会の在り方、福音の伝え方が根本から改められようとする時代にあって、人が癒されること、赦されること、救われることを、教会である私たちはよく考えてまいりたい。
そのために、10章16節「わたしはあなたがたを遣わす」との御言葉により、キリストが私たちを送り出されるのだと心得たい。
「望みの神が、信仰からくるあらゆる喜びと平安とをあなたがたに満たし、聖霊の力によって、あなたがたを望みに溢れさせてくださいます。」
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